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『頂きます』の意味


泥付きニンジンは久しぶり🥕

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新鮮な野菜たちがご馳走になりました🥗


5月1日(日曜日)


今日から5月。

GWは青い空に鯉のぼりが泳いでいるのが当たり前で、梅雨の少し前の僅かな過ごしやい季節として気持ちがはずむような印象があります。

今年は雨模様の日が多く、今も外はグレー一色の世界です。


コロナの事も自身の体調の事含め、結局『お家時間』の充実をはかるべき、美味しい!という野菜を取り寄せてみました。

美味しいかどうかは食べて解った事ですが、本当に野菜の味を堪能することが出来ました。


🥕は泥付きのまま、これは普段なかなか手に取れない代物です。


お気に入りのタワシで泥を落とし、皮を剥かずに生で頂きましたが、ナントみずみずしい事か!!


『青梗菜は生で召し上がって下さい』とナムルのレシピ通りに作ったら、これまた感動!!!!

肉厚で大きめのピーマンはチーズを入れてトースターで5分焼いただけ。

ピーマンからジュースが溢れる体験も新鮮でした。


食材を使い切る事は、とても大事なことですが、不覚にも傷ませてしまい、食べきれずに『ごめんなさい』をする事がありましたが、誰に対してごめんなさいなのかをお坊様のお話で気づきました。


野菜も魚もお肉も全て命であること。

魚や肉類は命と結びつきやすいですが、野菜はその感覚と少しかけ離れていました。

でも、良い土にするには、それだけの人の手がかかり、微生物の力が欠かせません。

そこに種を蒔き日光と水の調整をして育てる。

何が不足しても、多すぎてもいけません。


今回、🥕の皮を剥かなくても美味しく頂けたのは、本来の姿で普段は中の水分を逃さない様に表皮が必死に守った結果、硬くなったのかも知れないと思いました。

収穫された後も生きているのです。


小学生にお説法なさるお坊様は、庭掃除の際に、落ちた椿の花にも命を感じ、もしかしたらこの椿は誰かの生まれ変わりで、今度は自分が椿の姿になってこの世に生まれて来るかも知れない。
だから、椿をゴミとして扱うのではなく、命の終わりを看取ってあげるつもりでいると仰っていました。


『頂きます』とは形を変えた命を自分の命の為に頂く事。


今更ですが、その一言で調理の時や食事の時の気持ちに変化が生まれました。

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2022年05月01日 16:45に投稿されたエントリーのページです。

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