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2020年02月 アーカイブ

2020年02月03日

立春~🌷

2月3日(月曜日)

毎月、毎年同じことを感じ、同じ言葉を繰り返していますが、早くも2月・・・。

毎朝服用する薬をピルケースに1回量を仕分けし、蓋には曜日毎にシールを貼っています。

起きがけに『今日は月曜日』と曜日を確認して薬を取り出しますが、その曜日ごとに気持ちのあり方が違うことに最近気づきました。

日曜日に1週間分をセットする時は7日は長いと感じます。

しかし、毎日の曜日送りはとても早く感じます。

そして暦の上では春を迎えます。

確かに、陽の沈む時間が延びました🌤

ボーっとして過ごしても、イライラ何かに焦りながら過ごしても1日24時間は皆平等です。

同じ時間の中で、どれだけ好きな事や、やりたい事、人様の役に立つ事に時間を割り当てられるかが満足感や、達成感を感じる基本になるのかも知れません。


少し前までは、24時間に詰められるだけ詰め込む様な過ごし方をしてきました。

40代の頃は身体が二つあれば良いのに・・・と思った事もありました。

そろそろ、詰め込み方式は身の丈に合わなくなってきました。

24時間は誰もが平等。

1/24時間も同じ時の刻み方ですが、その感じ方に変化は起こるのは人間の方です。


何かを成し遂げようとする気持ちさえ残していれば、工夫を凝らせばいいのです。

我武者羅に走る事から卒業して、確かな時間を過ごす為に一つ一つの動作や行動を丁寧にすると、小さな感動や喜びが見えてきます。


時々、『もっと早い時期にやっておけば良かった・・・・💦』なんて思う事もありますが、早い時期にやらなかったのだから、仕方がありません。

物の断捨離と同様、気持ちの断捨離も必要です。

その時に決心した事を今更後悔せず、今出来る事を見るという『考え癖』を育てていこうと思います。


2020年02月05日

指導を受ける

2月5日(水曜日)


地域密着型通所介護の事業所で実地指導を受けました。

『指導』のお知らせは何回受け取っても嬉しい気持ちになりません。

行政の担当者から適正な指導を受けられるという事は、本来有難い事なのですが、『待ってました!!』と喜ぶ人に出会ったことがありません。

日々の業務が適正に行われている事を記録に残し、その内容に矛盾が無い事を一つ一つ確認していきますが、お客様対応に追われ、書類の整備が追い付かないという事業所が多いのも否めません。

記録の為だけの仕事にならない様に、どうにか合理的に、勤務時間の中で業務の配分を上手くしたいと考えます。

本当に必要な事に時間を当てられるには、『もしかしたらこれは省ける事かも?』という疑問を持たないといけないと思います。

ところが、時々現場の仕事に係わると、面倒な手順について『どうして?』と質問すると『●●係にそう言われています』という回答でその真意・理由が不明という事があって、ビックリするのです。

これはうちのスタッフに限りません。

内部はもとより、外部の方々に『それはどうしてですか?』という質問をする事が苦手な様です。

確認すべきところで確認しない事で思わぬエラーが起こります。

エラーの後始末にどれだけエネルギーが必要か?後処理、対応をしないと実感がわかないのかも知れません。


客観的に仕事を評価し、必要にあらば指導を受ける。

これは本当に有難い事だと思います。


内部でどれだけ事の深刻さを伝えても、自分事にはなり難いのです。


素直に人様の言う事に耳を傾け、仕事の工夫に役立てる。

不明点や、違和感に感じた部分は素直に質問する。

『自分は正しい』と信じる事は大事ですが、『自分だけ』という思い込みはとても危険です。

仕事はみんなで行うもの。


そして、その仕事によって一人でも多くの方々のお役に立つ事が事業の目的です。

どんな仕事も自分一人では行う事は出来ません。

相手があってこその仕事です。

この事を忘れずに、真摯に向き合っていかなければいけないと思います。


2020年02月06日

ご協力のお陰様

2月6日(木曜日)

毎月発行している『あっとほ~む✰たいむす』は今月で170号。

14年間、一度も欠かさず発行出来るのは記事を提供してくれる社員の協力の他に、お客様の趣味や、生活の工夫などを取材させて頂く事も多く、沢山の方々にお世話になっているお陰様です。

元々は、訪問介護事業所のPR誌として生み出されたので『あっとほ~む✰たいむす』と名づけられたのですが、14年の間にいくつもの事業所が誕生し、薬局の事、介護保険の事、リハビリの事などなど、会社全体の業務について皆様に知って頂く為のツールに成長しました。


ところが、楽しみにして下さるお客様がいる一方、社員たちの関心が今一つ・・・と感じる場面に遭遇し、少しガッカリしています。


昨今は印刷も紙質も良好な割に安価なサービスを利用していますが、14年前はコピー機で片面ずつ印刷していたものです。

片面300部を印刷した後、裏面に印刷を仕掛けるのですが、複合機であるが故、途中で外部からのFAXが印刷されたり、日中は他の業務(プリンター使用やコピー)が出来ず、帰宅間際に設定したものです。

当時は白黒印刷でしたので、ミニ新聞みたいな印象でした。

絵の上手なスタッフに色々な挿絵を描いてもらったり、レイアウトも工夫して手作り感満載でした。

そうやって、自らが作成に係わると必ず仕事に愛着が生まれ、もっと良いものを作りたくなってどんどん工夫をしてくれるようになりました。

時々、他のメンバーも含め一年間の記事の内容決めをしたこともありましたが、期日までに人様に読んで頂く内容の文章を提出するのは大変だった様です。


月初には、綺麗に印刷されたものが折りたたんで手元に来るのが当たり前になっているので、誰がどれだけの時間を掛けてどれだけの費用で作っているのか・・・あまり関心が無いのかも知れません。


他の人の仕事は社内に於いても意外に知らないものです。


ただ、こちらからの発信だけでなく、お客様のご協力を頂いて記事が作られている事に対しては感謝の気持ちを抱いて欲しいと思います。

当たり前に物事が進むことはありません。

有るが難き故に、それが叶うと嬉しいのです。

毎月、印刷会社への入稿が住み、支払いを終えると、本当にホッと致します。

小さな会社の小さなこだわりです。


2020年02月07日

慣れてしまうと・・・・

2月7日(金曜日)


各部署によって朝礼の方法が異なります。

ある部署では、毎朝発声練習をしています。

久しぶりにその場面に居合わせたので、少し様子を眺めていましたが、ほぼ全員が手元の手帳を眺め、声だけ出しているので、思わず笑ってしまいました。

そもそも、発声練習を朝礼で取り入れたのには理由があるのですが、その事がすっかり抜け落ちて、念仏を唱えている様な姿になっていたからです。


多くの会社で理念やクレドの唱和をしていると思いますが、毎日の事になると一々感情を込めてという訳にはいかなくなると思います。

今朝の一場面も同じことだとは思いましたが、見てしまったからには、笑ってしまったからにはその理由を本人たちに伝えないと申し訳ありません。

挨拶は誰の為に、何の為に行うのか?

口先だけでも音、声は出せますが、表情が伴わない挨拶ほど気持ち悪いものはありません。

表情筋を豊かに使って出す声は本当に響きます。伝わります。


音(声)の大小ではないのだと言う事を伝えました。


コミュニケーションの基本である発声は意外に奥深いのです。


何年か前に、フリーアナウンサーに話し方、声の出し方をアドバイス頂いた事がありました。

まずは、しっかり立つ事。

次におヘソの下に重心を定め、肩の力を抜いて、伝えたい人に目線を向けて声を出す準備をする事を教わりました。


人に向かってにこやかに挨拶するのが苦手だという人が沢山いますが、挨拶を受ける人には関係ない事です。

挨拶の一言で第一印象が決まるのですから、苦手で済む訳が無いのですね。

朝礼でお互いの素性や性格が分かっている仲間たちと安心できる場で、何回も練習して上手になれば良いのです。

せっかく、毎日行っているのだから、もっと効果的にした方がイイのに・・・と感じた朝でした。

2020年02月13日

人様の姿をお借りして・・・・

2月13日(木曜日)

最近は銀行に行かずとも、用事が足せるようになったので、時間のロスも窓口でのストレスなどが少なくなっています。

ただどうしても窓口に行かないといけない事もあります。

先日、手続きに必要な情報を先に電話で確認をし、どの支店でも出来る事まで念を押して出向いたにも関わらず、『ここでは出来ません』と言われました。

その事を話しても『出来ないんですよね』と繰り返すので、『それなら書類を返して下さい』と伝えた途端『チョッと待ってて下さい。今確認しますので』と書類を奥へ持って行き、しばらく経って『すいません、ここで出来るそうです』という返事がありました。


普段やり慣れていない業務に対し、とっさに出来ないと思って口に出したのでしょうが、二度目に『出来ない』と言い切る前に先輩に確認すれば平和的解決が出来たのに・・・と残念に思いました。


また、昨日は違う支店の窓口で印鑑の変更手続きをお願いしたところ、『けっこう待ちますけど・・・』と真顔で言われました。(綺麗な方でしたが、そういう方なのでしょう)

その表情と声の両方が、待たせる相手を気遣う雰囲気では無く投げやりに見えたのでとても嫌な感じでした。


目的を果たす為に出向いたのです。『けっこうとはどれ位ですか?』と伺うとなかなかお返事を頂けないので、『何時間くらいお待ちしますか?』と聞いたら『そんなにはかかりません』とやっと私のイヤミに気づいた様でした。

この様な事に遭遇すると、頭の中にウチの仕事ぶりを想像してしまうのです。

・お返事をする際に、嫌そうな顔をしていないだろうか?

・相手の求める事を反復しながらきちんと聴いているだろうか?

・解決したい事を瞬時に整理し、相手に『〇〇を△になさりたいのですね?』とい互いに誤解の無い様な言葉で確認をしているのだろうか?


・自分達都合でお客様を誘導していないだろうか?


・窓口で上手く対応できなかった人に対し、先輩たちはその後にフォローしてあげているかなア?


・朝礼や夕礼で、ちゃんと情報を共有しているかなア?


大勢のお客様に対応しているうちに、慣れっこになってはいないだろうか?

・・・・次から次へと頭によぎります。

決して現場の人達を信用していないのではなく、世の中から求められる事があまりにも早く変化を起こし、人様の数だけ求められる事が多様化しているので、対応に苦慮していないか?と思う親心です。

昨日までの当たり前が、今日は通用しなくなっているという事です。

私自身は命に関する事以外は必要以上に期待を持つことを止めようと思っています。 

サービス料金をお支払いする有名ホテルでも、ガッカリする事は珍しくありません。

店側が親切に対応してくれるという思い込みをもはや捨て去らないといけないのかも知れません。 寂しい事ですが、その様な意識変革も必要なのではないかと思います。


しかし、わたくし共のお仕事では決してその様な思いをお客様にさせてはならない!と思います。

期待されなくなるのは、存在価値がなくなると言う事。

仕事自体に存在の価値があったとしても、それを提供する人が尊敬されなくなり、当てにされないと言う事です。


自分の価値は自分で高めて欲しいです!!


根拠のない自己肯定感ではなく、本物の自尊心を作り出して欲しいと願います。


2020年02月14日

何が出来るのか?を考える


   ≪津波警報の旗≫


2月14日(金曜日)


少し前のとても寒かった日に沢山の買いだめをした帰りのタクシー乗り場が混んでいました。

5~6台は待たないと・・・と思いながら列に並びました。

私の前の方は車いすの男性でした。

付き添いの方はおらず、ご自身の番になりそうな時に、後ろに掛けてあるリュックを片手で外そうとしていますが、思うようにいかない様子でした。

『お手伝いしましょうか』と手を伸ばそうとすると、『イイ』と仰ったので、そのまま手を引っ込めました。

リュックが外れないまま次々とタクシーが着いて、前屈みなってドアに手を伸ばした瞬間、ガクンと車いす毎転倒しそうになりました。

流石に、『イイ』と言われてもこの状況だけは無視できません。

私の荷物を手放して車いすを押さえました。

タクシーのドアも止めている間に、運転手さんが降りてサポートして下さったので、自分の荷物を拾い次の車に乗り込みました。


人の世話になりたくないとか、迷惑をかけると申し訳ないとか、もしかすると以前に救いを求めても嫌な顔をされたとか、無視されたとか、関わりを持ちたくない経験をなさったのかも知れませんが、自分でやりたい事を安全に行うには、誰かの協力が必要です。

ご本人にしか分からないサポートの際のコツがあるのでしょうから、それを伝えて下さるといいのに・・・と思いました。

そんな事が当たり前にならないといけないと思います。

また、今朝は駅前のバス停で、杖でようやく歩行しているご婦人が、並んでいる人達を割ってベンチに何も言わずにドン!と腰かけました。

私が乗ろうとする路線とは違うバスが来たので、避けて待っていたら、そのご婦人が『○○に留まりますか?』と聞き『そこは止まりません。先を曲がるのでこのバスじゃないです』と運転手さんが答えているにも関わらず、『私は歩けないんだからしょうがないじゃない。乗るわよ』と言ってそのバスは発車していきました。

その1分後にその方が行きたいルートのバスが来て、私も乗ったのですが、どうも目の前のバスが気になって仕方ありません。


交差点で、その方が降りたであろう方向を見てみると、車がブンブン行きかっている道路を堂々と斜め横断している姿が目に入り、『スゴイなア』と感じました。

全てが私の認識と違うのでビックリしたのでしょうが、自分の生きたい場所に行く為の確認をしているにも関わらず、そのアドバイスを無視する。

降りた場所からだいぶ戻らないといけないと分かった時には、最短の距離だとして道路を斜め横断する。

杖を突いてやっと歩いているのだから、車が避けるのが当たり前・・・・という事なのでしょうか?

お顔には大きな傷がありましたので、もしかすると何かの事故で怪我をされたのかも知れません。

そしてその際に、理解力や判断力という大事な機能が損傷したのかも知れません。


あくまでも想像ですが・・・。


しかし、見えない障がいは一瞬の会話や言動だけで通りがかった人には理解が出来ません。


小さな子供たちから高齢者、障がい持った方々が共に安心して暮らしていける為の仕組みを作ろうとしていますが、病気や障がいの中身は人それぞれですので、どうサポートすればいいのかを瞬時に判断する事はとても難儀な事です。


車いすの男性も、杖のご婦人も、ご自身の困り事が周囲に判りやすく伝えられる方法があれば、もっとスムーズに事が進むのではないかと思います。

視力の弱い方用に津波警報の旗を紅白の色と単純な形で分かりやすく統一したというニュースを見ました。


妊婦さんには妊婦さんマークのキーホルダーがありますが、席を譲る人が何となく躊躇して機会を逸する事が多いために、『妊婦さん、私は席を譲りますので声を掛けて下さい』というアプリが開発されたそうです。

何か手伝いたい気持ちがあるのに、どうしたらいいか分からない為に、支援のタイミングを逃す事は日常的にあります。

パラリンピックをきっかけに、様々な不自由に対してのサポートを考える人が増える事、沢山の人達の知恵で良い方法が見つけられる事を願います。


2020年02月17日

深刻です💦

2月17日(月曜日)

連日報道されている新型コロナウィルスの感染拡大による影響が次々と起きています。

東京マラソンでは一般のランナーは走れなくなりました。

今週末に予定していた国技館での5,000人の第九コンサートも中止を決定しました。

このニュースは昨晩共に参加するはずだったお仲間が伝えてくれたのですが、とても残念でなりません。

初参加の私は、ドイツ語の歌詞を正しく発音出来る訳でも無く、本番を暗譜で臨むには無謀過ぎる挑戦でしたが、皆さんこの様な一年目を過ごし、何年もかけてそれなりに歌えるようになるので、参加する事に意義があるんですよ・・・・と励まされて今日まで過ごして来たのですが・・・・・・。

参加者は全国から集まります。

飛行機や新幹線を利用し、前日のリハーサルを含めると、宿泊しないとなりません。

コンサートの中止は、それに付随する有りとあらゆる事に影響を及ぼし、経済的に起こる損失も少なくありません。

私の場合・・・

当日の行き帰りのタクシー代7,000円位→使わなくなりました。

コンサート終了後の仲間との打ち上げの会費5,000円→お店をキャンセルしました💦

友人が手に入れた観覧用チケット2枚で8,000円の払い戻し・・・・をして頂きます。


これらたった一人の周辺でも使われるはずのお金が動かなくなります。

本番だけではありません。

練習の為に大勢の方が集まる時にもそれなりにお金は動きますが、それも無い事になりました。

東京マラソンは38,000人の一般参加者が同じように参加を諦めるのですから、その影響たるもの、計り知れません。


この様な大掛かりなイベントはもとより、わたくし共のお仕事では文字通り『持病』を抱えたご高齢者の体調管理が急務になっています。

数か所の医療機関では職務上での感染と思われる報告が相次いでいます。

日常生活の場でご支援する為に、お互いに距離が近く双方にリスクが発生します。

いつも以上に気を付けないといけません。

テレビで報道される内容や発生場所は対岸の火事だとばかり感じていましたが、そうでも無い事を肝に銘じて、まずは自分自身の体調管理をしっかり行い、予防に努めなくてはなりません。


2020年02月21日

人の勧めに乗ってみる

2月21日(金曜日)


近くが見にくくなった頃から、読書量がガクンと減りました。

本屋さんへ行くのが休日の楽しみの一つだったのはもう何年も前の事です。

今はというと、PCやスマーフォンで情報を得る事が圧倒的に多くなり、自由に文字の大きさを変えられる機能には助けられています。

情報が湯水のように溢れる時代に、限られた時間で読みたい内容を探すのはなかなか面倒でもあります。

面倒だなアという気持ちが先立つと、新たな分野の本にはなかなかたどり着きません。

それでも、何かの賞を取ったり、話題になっている本を進めてくれる大変有難い友人がいるので、その時くらいは本屋さんに立ち寄ったり、時にはibooksで購入しながら読むことにしています。

自分では選ばないだろうな・・・という作品もきちんと読み進めていくうちに、知らないうちに物語に引き込まれる事があります。

『論語と算盤』は勉強会で触発されて購入しましたが、自宅の本棚に既にありました💦

きちんと読みこなせていなかった為に記憶に薄かったのだろうと思います。

賢人たちの教えに関する本や雑誌に書かれてある文章は、それを読む時の自分の置かれている状態によって心への響き方、沁み方が全く違ってきます。

頭で理解するのではなく、いきなり心に入り込んでくるので不思議です。


日頃なじみのない言葉や、苦手意識のある表現は読み解くのが大変です。

ただ、『いい事が書いてあるから読んでみたら」と薦めてくれたからには何かの意味があるのだろうと、一生懸命に食らいついています。


もはや、自分の感性や自分の経験値だけでは物事が進みにくくなっています。

人様からの知恵をお借りし、有難く学ぶ姿勢を持つ事が今の私に必要な事だと感じています。

2020年02月28日

下々の懸念

2月28日(金曜日)


久しぶりに『下々』という言葉が浮かびました。

時代劇に出てくる悪奉行・悪代官。

一方、『米のとぎ汁でもすすっておけ!』と酷い仕打ちを受ける下々の者たち・・・・。

ドラマの中の出来事、非日常だから安心して観ていられる訳ですし、奉行や代官が悪ければ悪いほど視聴者には受ける様に仕立てられています。


全国的に教育現場の休校が指示されました。

その対応に追われる下々の者達に対して困りごとを『つまんないこと』と言い放つお奉行様。

本当につまらない事なのか?今日はスーパーからトイレットペーパーが消えました。

なぜそんな事が起きるのか?


マスクや消毒用の商品は一向に手に入りません。


ノロウイルスが大流行した時も、マスクと消毒用エタノールを求める「似非友人」が急に増えた事を思い出します。


大型レジャーランドも次々と休業を発表しています。


『社長の所も大変でしょう?』とお気遣い頂きますが、今ここにある環境の中で出来る事を続ける以外に得策がある訳ではありません。


『トイレットペーパーが無くなるよ』という誰かの一言が新型ウイルスよりも早く伝染しています。


下々の者達の混乱を鎮める特効薬は、何時、誰が開発し、処方するのでしょうか?

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